広島在住・整形外科勤務医のふりかえり

原子爆弾の落とされた都市として世界的に有名な広島県広島市で
整形外科医として勤務して15年がたちます。

にぎやかな紙屋町のメイン通りから
すこし外れたところにある総合病院で診療行為を行っています。

広島は地方都市でありながら、結構医療に関しては充実しており
戦後 全国の各県が立ち遅れていた時期に特別な計らいということで
予算がついたという風に先輩の医師にきいたことがあるのです。

まあ 自慢するべきことではないですが核爆発があり
日本中で病院を立てる意味の一番高い件のひとつであったようです。

そのせいか、先生方も特に古い先生方は特別に医療ということに
一つのポリシ-をもった先生がたくさん居られるように感じました。

そういった先生方もすっかり減ってしまい、
今はニュ-トラルな医師が増えたような気がします。

原子爆弾が落ちたのは広島市ですが
正確に言うと八丁堀から紙屋町にかけてのあたりらしいです。

夏になると毎年空を見上げると爆弾が落ちてこないかなあと
不安な気持ちになるのは 長年広島に住みついているからかと思います。
そんな話をしても今の若い医師は きょとんとした 顔をしています。

病院に訪ねてくる患者さんの多くは 高齢者が多く関節をいためて、
日頃の動作に支障が出てきたという人たちです。

あるいは 高齢化に起因するリュウマチ、
神経痛の人もパラパラとおられます。

関節関係の治療は時間がかかりますし、
結構しんどいリハビリをしてもらわないといけません。

ュウマチ、神経痛のほうは主に薬物治療が主になります。
いずれにしても じっくりと取り組む疾病ということになります。

最近は、めっきり 減りましたが、以前は原子爆弾を被爆して、
かろうじて 一命を取りとめた人、あるいは親が被爆して
その被爆した親から生まれた人がたくさん広島に 住んでいました。

その方たちが、神経痛、リウマチ等で通院されていました。
これらの人たちの診断は難しいです。

神経痛の診断をしながら、放射線の影響も考慮しつつ
適正な治療を進めていかねばならないからです。

放射線が人体に及ぼす影響というのは それまで教科書がなくて
その都度 考えて 進めていかねばなりませんでした。

極端に放射線の影響が出ている場合は、
逆に専門病院に移送することができるのですが、
そうでない、被爆経験有りというレベルというのは
通常病院にて診療しなければならないので大変でした。

特に、被爆したことを隠す方がたくさん居られたのです。
その気持ちは凄くわかるし、私自身も被爆した親戚がいたので
同じように ひた隠しにしていた時期がありました。

ただ 治療行為を進めていく中で、施した治療が
あまり効を奏さないので、おかしいなあと思っていたら
被爆経験者だったということが 何回かありました。

被爆者ということで基本的な治療が変るのではないのですが
量を増やしたり ヨ-ドを 加味したりということが変ってきます。

最近は そういう患者さんはほとんどなく、
かくさされるということもほとんどありません。

広島県は 地方都市でもなく 大都心でもありません。
そのため、地方の総合病院のよう医師の数が足りない
ということはなく、むしろ医療施設の充実ぶりは
大都市の総合病院に近いかもしれません。

それと 蛇足ですが、広島市は 暴力団抗争で
全国的に有名に成った都市であり、映画にもなっています。

無論フィクションのことが多々ありますが、
有名な暴力団の事務所は現実的に存在し、夜ともなると
構成員とおぼしき人たちが徘徊しています。

無論一般人に絡んでくるとか言うことはありませんが、
さすがに広島だなあと思うことが時々あるのです。

特に 小競り合いが合った時の宿直の時は
其の手の人たちが血を流しながら担ぎ込まれることが
よくあります。

こんな場合淡々と処置して対応しなければなりません。
時間がたつのが長く感じる時です。

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