広島城天守閣について

広島城天守閣は昭和20年8月6日の原爆投下まで残っていた天守閣を昭和53年に外観を復元して再建されたものです。
この広島城天守閣について紹介します。

広島城は日本100名城の一つに数えられ、名古屋城、岡山城とともに三大平城といわれている、別名で鯉城とも言われている名城です。
もともとは、中国地方の大大名であった毛利輝元が天生17年(1589年)に大坂城などに倣って築城を開始し、慶長4年(1599年)に全工事が完成しました。
築城当時は大坂城に匹敵する規模だったといわれていますが、関ヶ原の合戦後領主になった福島正則が改築しているので築城当時の状況は明らかになっていません。

その後、浅野家の居城となり、明治時代を迎えることになり、江戸時代からの火事などによりる被害も受けてきましたが、原爆投下まで天守閣は残存し、残存していた他の建造物とともに旧国宝に指定される名城として、その雄姿を誇っていました。
しかし、原爆投下による衝撃波などにより自重に耐えられなくなり、倒壊したといわれています。
その後、広島国体の開催にあわせて、昭和26年に仮設の天守閣が建造され、国体終了後取り壊されましたが、これが現在の天守閣の再建につながっていきます。

その後、昭和53年に城跡が国の史跡に指定されたことで再建の機運が高まり、昭和58年に市制70周年にあわせて開催された広島復興大博覧会の目玉として、平和記念資料館とともに建設が決まったものです。
復元にあたっては、防火対策のため木造から鉄筋コンクリート造に構造を変更する一方で、初代天守を忠実に再現するという方針が徹底されました。
このため、最上階は木造での復元となっていますし、倒壊前の天守閣は築城後かなりの改築を行っていますので、それとは異なるところもあるようです。

現在の広島城天守閣の内部は歴史博物館になっていますから、広島城の築城の歴史や、武家文化、城下町広島のくらしと文化も学べますし、甲冑、刀剣など武具等の展示も見ることができます。
体験コーナーでは鎧兜などの歴史的な衣装を身に着けての記念撮影も可能です。

また、中国地方で最も高いといわれる天守閣の最上階からは市内を一望することができます。
現代の広島の市街地を眺望することもできますし、その昔この地を治めていた毛利氏、福島市、浅野氏といった城主が眺めていた城下の景色に思いを馳せることも可能です。
築城400年、市制100年を迎えた平成元年からは本丸を守る二の丸の整備も進められ、二の丸の姿も蘇っています。

Comments are closed.